2010/05/21

芸術家の最後の作品とは

 一昨日、昨日で開高健の遺作「珠玉」を読んだ。その前日に御茶ノ水駅近くの古本屋の棚に初版本1000円で見つけて、本のくたびれ具合と帯の文句がとても良く気になっていたのだけれど買わなかった(帯の文章が素晴らしい)。そうしたら気になって仕方なく、翌日ライブ前に再び御茶ノ水に行って購入し、その夜から翌日で読了した。

 開高先生の全盛期の文章というのは、昭和の文豪らしい香りが漂って豪華絢爛、入り組んだ技巧と個性で圧倒的ではあるのだけれど、装飾が過多に感じられるときもあって、食べ物で言うと胃もたれするような時もあったのだ。

 ところがこの「珠玉」は、出だしからすっきりと透明感のある文体で実に読みやすかった。読みやすいのだけれど、文章に漂う芳香は極上。短編が3つ、それほど厚くない本なので、読み終わるのを惜しむ気持ちが強かった。また、読み終える瞬間が文豪の死の瞬間に繋がるのかと思うといい加減には読めず、一歩一歩襟を正すようにして読んだ。読むのは自分が一人で集中出来る時間に限り、細切れに読まないようにも気をつけた。

 ほろほろと煮崩れる寸前のような円熟と淡白を同時に感じた。深遠と同時に性、俗をも感じだ。急に、いろんな作家やミュージシャンの最後の作品に触れたくなって、ぱっと思いついたのは作家だとレイモンドカーヴァー、吉村昭、ミュージシャンだとスタンゲッツとデレクベイリーだった。近いうちにそれらをいくつか取り出して、じっくり味わってみようと思う。

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